心を楽にするために振り返る子育て

気持ちが癒やされる流れが表現されている映画

ドラマ・映画の紹介

心が癒やされる流れが理解できるAmazonプライムの映画があったので、紹介します。

アメイジング・ジャーニー ~神の小屋より~(吹替版)

これを、宗教について表現していると思って見てしまうと、カスタマレビューにもあるように受け入れるのが難しいと感じてしまうと思います。

また、細かな表現などにこだわると、拒否反応を起こしてしまうところがあるかもしれません。

次のように考えてみて下さい。

  • 心を癒やすには、様々な方法があり、その一つに宗教的な手法がある。

紹介した映画でも、宗教的な表現が多いのですが、本当の気持ちが解放される流れがうまく表現されています。

「神」、「死後の世界」なども取り上げて説明されているので、人によっては、拒否反応が生じてしまうと思います。

しかし、そこだけに意識を向けてしまうと、この映画から宗教色を排除したときに残る「この映画から伝わってくること」を理解することが出来ないと思います。

逆に、この映画を宗教的な意味合いで受け入れてしまっても、「この映画から伝わってくること」は理解できたことにはならないのだろうと思います。

心理カウンセリングでは、宗教ではなく対話という手法によって、抑圧してしまった本心を解放することを目指します。

つまり、手法が異なるだけで、実現しようとしていることは、同じなのだろうと言うことです。

そういう意味で、ここでご紹介している映画は、参考になると思っています。

ポイントは、映画で起きる様々な出来事やそれらに対する解釈ではなく、傷ついた人の心に生じる変化の流れです。

なかなかうまく表現されていると思います。

映画の最後の部分に、「傷つけた相手を許す」に近いことが表現されていて、この部分に拒否反応が生じる人も多いかもしれないと思います。

ここは、本当に心が癒やされれば、許すとか許さないとかいうこととは、関係のないステージに移行することを表現しているのだろうと、私は理解しています。

ですから、この映画の最後の「許す、許す」と繰り返すようなシーンでは、「許せる」、「許せるようになりたい」、「許せない」というところは、あまりこだわって考える必要はないと思います。

ポイントは・・・

  • 穏やかな気持ちを取り戻すことが出来れば、執着から解放される
  • 執着から解放されれば、穏やかな気持ちを取り戻すことが出来る

穏やかな気持ちを取り戻す為に、この「卵が先か?鶏が先か?」といった問いに近い、一見、矛盾するように思える「入り口の見えないループ」へは、どのようにして入るのか?

ループに入るときに、私たちの心にはどのような拒否反応が起こるのか?

(「拒否反応が起こるから、ループに入れない」といえるかもしれません。)

この拒否反応は、どのような流れによって、弱まって行くのか?

宗教的な部分は「方便」として見て頂ければ、そんなことが、きっと理解できると思います。

宗教的な手法、心理カウンセリングという手法の他に、最も身近な手法があります。

それは、日常生活という手法です。

手法は違いますが、目指すことは同じですから、きっと、この映画は参考になると思います。

アメイジング・ジャーニー ~神の小屋より~(吹替版)

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