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心理カウンセリングに価値を見出せない方へ ・・・ 心理カウンセリングが心に働く理由

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心理カウンセリングの目的を、自分にある心理的な問題を掘り起こすことだと考えている人が多いように思います。

 

これは、明確になった問題を解決すれば、「問題のある心」を「問題のない心」に変化させることができると考えるからなのでしょう。

しかし、心理的な問題を掘り起こすことは、自分を否定することですから、つらい気持ちになります。

心に苦しさを抱える人は、「このつらいカウンセリングを我慢して続ければ心の問題は解決する」と考えてしまい易いところがあります。

逆に、「つらいカウンセリングでなければ、心の問題は解決しない」と思っていることもあります。

 

心の問題を掘り起こすことが心理カウンセリングの目的ではありません。

本来は、心理カウンセリングでは、つらさはそれほど感じないものです。

ですから、心理カウンセリングのことをある程度理解していないと、「ただの会話」と感じてしまい、意味を見い出せないまま中断してしまい易いところがあります。

 

心理カウンセラーに性格や考え方などを変えることを要求されたり、不健全なコミュニケーションをするカウンセラーと関わることを強いられたりして、つらさに耐えられなくなり、カウンセリングに否定的な気持ちになって中断してしまうこともあります。

 

そこで、心理カウンセリングが心に働く理由を大雑把にでも知った上で活用することが大切です。

以降、心理カウンセリングが心に働く理由を説明しますので、参考にして下さい。

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【心理カウンセリングが心に働く理由】

心の苦しさを解消できずに抱えたままにしてしまっている人は、いつも「心の苦しさの原因」や「自分の心の問題」を探そうとしています。

あまりにも心が苦しいと感じているために、その苦しさから解放されたいと心から望んでいるためです。

心の苦しさの原因や現状の問題を解決すれば心の苦しさから解放されると考えて、原因や現状の問題に意識が向きやすい状態になるのです。

 

原因や問題を追及する方向は、人によって様々です。

  • 自分自身の中に見つけ出そうとする人
  • 自分と関わる相手の中に見つけ出そうとする人
  • 自分の置かれている環境の中に見つけ出そうとする人
  • 過去の出来事や状況の中に見つけ出そうとする人

しかし、そのようにして問題や原因を見つけ出して解決しても、心の苦しさから解放されることは、まず、ありません。

心の苦しさは、相変わらず残ったままです。

 

逆に、見つけた問題や原因を解決してしまうと、心の苦しさを感じ続けているために、別の問題や原因が必要となって、新たな問題や原因探しをしなければならなくなります。

ですから、意識が同じ方向を向いている限り、「問題を探し出しては解決しようとする」というサイクルを繰り返す状態に陥ってしまうのです。

 

もう一つのパターンは、「これが真の原因に違いない!」と思える問題や原因を見つけ出したときには、それらを解決することへのこだわりから、次のような状態に陥ってしまいます。

  • 他人から見れば何も問題のない状態なのに、いつまで経ってもその原因へのこだわりから抜け脱せない(コンプレックス)
  • 原因を解決するために立てた仮説を実践しても心の苦しさが解消しなかった場合、原因は固定されているので、原因を解決するための行動がエスカレートしてしまう(執着)

 

このような意識では、なぜ、心の苦しさを解消出来ないのでしょうか?

 

心の苦しさを抱え込んでしまう原因

心の苦しさを抱えたまま解決できない理由を突き詰めていくと、「心が苦しくなったとき、どのようにすれば良いのか分からない」というところに行き着きます。

それが分からなくなってしまった原因は、「自分の感覚・感情・思考・行動を肯定される体験が少なかった」ということです。

「自分の感覚・感情・思考・行動や、その結果を否定される体験が多かった」と書く方が分かり易いかもしれません。

 

嬉しい気持ちを他の人から肯定してもらうと、次の行動への意欲が膨らみます。

自分の努力を認めてもらえると、失敗したときには心が救われ、成功したときには、次の行動への意欲が膨らみます。

悲しみや苦しさの感情を他の人から肯定してもらうと、心の状態は回復へと向かい始め、加速度的に回復をしていきます。

 

ここで、仮に、「心が苦しくなっても、その苦しさは簡単に解消し、直ぐに穏やかな気持ちを取り戻す」と考えてみて下さい。

この仮定を前提とすると、日常生活の大部分は、心の苦しさを感じていないことになります。

当然、心のことなんて気になりませんから、「心」ばかりに意識が囚われることも、心の苦しさを解消するための原因や問題を探す必要もありません。

ですから、自分の望みを実現する為の課題だけに向き合えるようになります。

 

自分のことを否定ばかりされて過ごしていると、「自分で感じて、考えて、行動する」というごく普通の人の営みに自信が持てず、自分の望みを実現するために進むことができなくなってしまいます。

 

自分らしさを取り戻すために

ですから、人が再び自分らしく生きていけるようになるためには、次の3つが必要なのです。

  • 心が苦しくなったときの対処方法を知る
  • 心を楽にするための対処方法を実践できるようになる
  • 過去の人間関係の中で消失してしまった自己肯定感を、自分の感覚・感情・思考・行動を肯定される体験を繰り返すことによって回復させる

 

次のような自然な感覚を身につけることということも出来ます。

《自然な感覚》

  • 悲しいときに悲しんでもいい
  • 嬉しいときに喜んでもいい
  • 望みを持ってもいい
  • 失敗しても許される
  • 色々なことが、他の人と違っていい
  • 自分の望みの実現を目指せばいい

 

逆に、心の苦しさを抱える人は、これらとは反対の感覚を身につけてしまっているということが出来ます。

《反対の感覚》

  • 悲しいときには、我慢しなければならない
  • 嬉しいときには、喜んではいけない
  • 自分の望みよりも、社会や親が評価することを優先しなければならない
  • 失敗したら責められる
  • 一般的に「受け入れられやすい」と考えられる状況・状態を保たなければならない
  • 社会に評価される方向性の中で、高いレベルを目指さなければならない

 

右利きの人が左利きに変えようとしているところを想像してみて下さい。

恐らく、そんなに簡単なことではないはずです。

左手を使うことに違和感を感じ、直ぐに、元の通り、右手を使いたいという衝動に駆られてしまいます。

違和感を感じながらも、左利きになろうと時間を掛けて取り組み続けていると、やがて違和感が薄れ、左利きとしても振る舞えるようになっていきます。

 

心についても同じことが言えます。

「反対の感覚」を身につけてしまった人は、頭では「自然な感覚」に従う方が楽だと分かっていても、その違和感に耐えられずに、すぐに「反対の感覚」に従ってしまいがちになります。

ですから、「自然な感覚」を回復させるには、次のようなことを繰り返す必要があるのです。

  • 心が苦しくなったときの対処法を実践することに慣れる
  • 他人ではなく、自分の感覚・感情に気づく練習をする
  • 他人ではなく、自分を喜ばせるための思考を練習する
  • 他人ではなく、自分の感覚・感情・思考を言葉によって表現することに慣れる
  • 他の人に対して、自分の感覚・感情・思考を伝えることに慣れる
  • 自分の思考をもとに行動することに慣れる
  • 自分の感覚・感情・思考を肯定されることに慣れる
  • 起こした行動が評価されることに慣れる
  • 行動によって引き起こした失敗が許されることに慣れる

 

一番良いのは、日常生活の中でこれらを練習することですが、今まで表現しなかった感情や気持ちを表現するのはとても勇気がいることです。

「慣れないことをして人間関係を悪化させてしまわないか・・・」と心配になって、苦しいけれども現状を維持した方が安心と感じてしまうこともあるでしょう。

自分の気持ちや考えなら何でも表現すれば良いというものでもないので、ある程度練習をしてからでないと、実際に人間関係を悪化させてしまう心配もあります。

事情を説明して練習に協力してくれる人を探すことも簡単ではありません。

そこで、活用できるのが、心理カウンセリングです。

 

心理カウンセリングを利用される方は、その目的を「心の問題を解決すること」と考えがちです。

しかし、本当の目的は相談者の方が自分らしく生き生きと過ごせるようになることなのです。

これは、 「『ありのままの自分でいい』という感覚を取り戻すこと」ということもできます。

 

心理カウンセラーの関わり

カウンセラーは、決して相談者を否定や批判をしたりしませんし、変化することを強要したりすることもありません。

そのための心理カウンセリングの基本姿勢として、次の3つのことが挙げられています。

■  自己一致

■  無条件の肯定的関心

■  共感的理解

 

私は、これを次のように書いた方が、分かりやすいのではないかと考えています。

■ 基本姿勢

  • 無条件の受容
  • 自己一致

■ 基本手段

  • 無条件の肯定的関心
  • 共感的理解
    (これは、無条件の肯定的関心をもって話を聴き続けていれば自然にたどり着く状態)

 

ここからは、このように考える理由を説明します。

心理カウンセラーは、「自己一致」を実現しようとすると、相手に対して否定的な感情が生じたときには、相手を否定しなければならないことになります。

しかし、それでは、「心理カウンセラーは、相談者を決して否定や批判をしたりしませんし、変化することを強要したりすることもありません。」という説明に反してしまいます。

自己不一致の状態で、口先だけで相手を肯定していても、雰囲気によって「心の中では違うことを思っている」ということは相手に伝わってしまいます。

 

「このようなときは、どのようにしたらいいの!?」

 

カウンセラーになるトレーニングをしているときに、陥ってしまい易い混乱です。

 

ここで、「無条件の肯定的関心」が重要になってくるのです。

人の気持ちには、「その気持ちになるのは当然だ」という理由が必ずあります。

その理由が直近の出来事や現在の状況の中にあることもありますし、過去や幼少期の経験が複雑に絡み合っている場合もあります。

それらは、相手に「無条件の肯定的関心」を持って、相手の様々な事情を知ろうとしなければ知ることができません。

そして、相手の様々な事情を知った結果、「あぁ~、そういうことだったら、そんな気持ちになるよね・・・」と自然に共感することができ、それをフィードバックすることが、相手の今を肯定することにつながるのです。

 

そうなれば、相手を肯定することを自分に強要して、自己不一致な状態に陥って苦しむことはなくなります。

つまり、「無条件の肯定的関心」を実践できていれば、自然に相談者を否定することのない自己一致の状態を保ち続けることができるのです。

 

そのようなカウンセラーとのコミュニケーションを継続することによって、相談者は「ありのままの自分でいい」という感覚を取り戻すことができます。

 

実は、相談者の方にも、同じことが言えます。

 

自分自身との関わり

それぞれの時代における社会の常識というものがなければ、本来、「全ての人は、そのままで良い」といえます。

変化を望むときでも、「今のままではいけない、変わらなければならない」ではなく、「今のままで良いのだが、更に、良くなりたい」という感覚です。

 

しかし、実社会においては、時代時代において、社会特有の常識・価値観があります。

これらが、特定の性質を否定する力として働くのです。

子供の頃に「ありのままの自分でいい」という感覚を身につけられないと、この社会が持つ「否定する力」にさらされたときに、混乱に陥ってしまいます。

 

心に苦しさを抱えている人の多くは、「本来の自分」と「あるべき自分」とのギャップによって、自己不一致の状態に陥っています。

このような自己不一致を解消しようとすると、「あるべき自分」と思っている性質と現在の自分との間に相違点を見つけ出すと、「あるべき自分」に変化するために、自己否定をしなければならなくなります。

その結果、自分自身を否定・批判をしたり、変化しなければならないと思い込んだりすることによって、心が苦しいと感じるようになるのです。

 

しかし、これは「全ての人は、そのままで良い」ということに反しています。

これが自分の心のことで悩んでいるときに、陥ってしまい易い混乱です。

そこで重要なのが、心理カウンセラーのところでの説明と同様に、「無条件の肯定的関心」です。

 

「変わりたい」と思い込んでいる人が、自分自身に無条件の肯定的関心を持って自分の事情を理解しようとすることは、ほぼ不可能です。

問題や原因を見つけ出すことに意識が集中してしまっているからです。

 

カウンセラーについての説明でも書きましたが、人の気持ちには、「その気持ちになるのは当然だ」という理由が必ずあります。

その理由が直近の出来事や現在の状況にあることもありますし、過去や幼少期の経験が複雑に絡み合っている場合もあります。

それらは、一般的な価値基準から離れ、自分自身に「無条件の肯定的関心」を持って、自分の様々な事情を知ろうとしなければ理解することができません。

無条件の肯定的関心によって、自分自身の様々な事情を知った結果、「あぁ~、そうだったら、そんな気持ちになるよね・・・」と、自分に自然に共感することができ、それが今の自分を肯定することにつながるのです。

 

そうなれば、社会の価値基準から離れたところでは、「肯定できる自分」になることを自分に強要して「本来の自然な自分」と「あるべき自分」のギャップによる自己不一致の状態に苦しむことはなくなります。

つまり、「無条件の肯定的関心」を実践できていれば、自分自身を否定・批判をしたり、あるべき自分になることを強要したりして、自分を苦しい心境に追い詰めることもなくなります。

このように、問題やその原因を掘り起こすのではなく、過去から現在に至るまでの自分を取り巻く事情を理解することこそが、自分を「心の苦しさ」に対する執着から解放してくれるのです。

 

分かってくれる人、分かってくれない人

「無条件の肯定的関心」と対立する考え方に、「他人の全てを受容できない」「どうせ分かってもらえない」というものがあります。

そのような考えの根底にあるのが、「価値観が違ったり、同じ経験をしていないと分かり合えない」という考え方です。

  • 価値観が違うから分からない・分かってもらえない
  • 同じ体験をしたことがないから分からない・分かってもらえない

しかし、これは間違いです。

  • 分かってもらえないのは価値観が違うからと考え、価値観が同じ人なら分かってくれるだろうと仮説を立てた
  • 分かってもらえないのは同じ経験をしていないからと考え、同様の経験をしたことがある人なら分かってくれるだろうと仮説を立てた

そういうことに過ぎません。

 

  • 価値観が同じなら、本当に分かり合えるのでしょうか?
  • 同じ経験をした人なら、本当に分かり合えるのでしょうか?

 

ここで考えてみて下さい。

  • 何を分かってもらいたいと思っているのですか?
  • 何をどうしたら、それを「分かってもらえた」と感じることが出来るのですか?

 

それは、価値観が違っても、分かる人には分かります。

それは、同じ経験をしていなくても、分かる人には分かります。

 

それは、分からない人には分かりません。

でも、分かる人には分かるのです。

価値観や経験の違いではないのです。

 

過去に身近にいた人が「分からない人」だったかもしれませんが、この世の中には「分かる人」は思っている以上に多いものです。

本当に分かってもらいたいことは何ですか?

何を諦めたのでしょう?

本当に望んでいたことは何ですか?

 

これは、「うどん屋ではうどんしか注文をしない」ということと似ています。

 

うどん屋さんで注文するメニューとして、例えば、ピザは頭に浮かぶことはありません。

諦めたことを思い出すのは、うどん屋さんでの注文にピザを思いつくほど難しいことなのです。

 

そして、思いついたとしても、自分の中にいる「それを諦めた自分」が、ピザを注文しようとする自分に対して言うのです。

「うどん屋さんに、ピザなんかあるわけないじゃないか!」

また、「それを諦めた自分」は、周りの人がみんな、うどん屋さんに見えてしまって、ピザなんて、どこでも買うことが出来ないと感じてしまうのです。

実際には、「ピザ屋さん」や「ピザを作ってくれるうどん屋さん」が沢山あったとしても・・。

 

事情が理解できれば、自分自身を抱きしめられる

それを諦めなければならなかった事情は、どのようなものだったのでしょう?

 

直接的に望み(諦めたこと)を追及するか・・・

事情を理解することから望み(諦めたこと)に近づいていくか・・・。

 

無理に自分自身を受容しようとしなくても、「本当の望み」 と 「それを諦めざるを得なかった事情」の両方をしっかりと理解できれば、それが自然に自分自身を受容したことになるのです。

 

 

当サイトでは、自分を取り巻く事情を理解して頂くことをサポートするために色々なコンテンツを揃えていますので参考にして下さい。

 

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