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なぜ、「始まりがあるものには、すべて終わりがある」のか?・・・まだまだ、迷いの中です

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「始まりがあるものには、すべて終わりがある」、これは、みんなが知っている言葉だと思います。

まだ、考えがまとまっていないのですが、これについて少し書いてみます。

 

「始まりがあるものには、すべて終わりがある」、このことについて考えるとき、多くの人は、たぶん『終わり』の方に意識が向かうのではないかと思います。

そして、「どうして、始まったのか?」ではなく、「どうして、終わるのか?」という「存在していることを前提とした問い」を考え始めます。

 

先日、ふと、あるアイディアが浮かびました。

  • 「始まり」を創るために「終わり」を創った

こんな見方もできるのではないでしょうか?

 

このように表現すると、何らかの意思が働いていることになります。

意思を排除した表現にすると、どうなるのでしょう?

  • 「始まり」と「終わり」が分かれた

 

「始まり」と「終わり」が分かれたことによって、「途中」が生まれます。

その「途中」が、私たちにとっての「現実」の正体なのかもしれません。

「始まり」と「終わり」の差のことを、私たちは「時間」と呼んでいると理解することもできそうです。

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少し話を変えて、「永遠」ということについて書きます。

私たちは、「終わり」がないこと「永遠」と考えていると思います。

 

ここまで書いたことを踏まえると、私たちが生きている世界が「『始まり』と『終わりが分かれた世界だとしたら、その前は「『始まりと『終わりが一致している世界」だといえます。

 

これは、現代の科学では「宇宙は無から生じた」 と考えられていることと、同じようなことをいっているような気がします。

 

「始まり」と「終わり」が一致している世界は、「無」の世界でしょうか?それとも、「永遠」の世界でしょうか?

「始まり」と「終わり」が無限大に離れた世界は、「永遠」の世界でしょうか?それとも、「無」の世界でしょうか? 

新たな疑問です。

 

最後に、本文中に何度か書いた「意思」について、少し書きます。

スピリチュアル的な人たちの話を聞いていると、私たちの意識の奥底に、「真我」「ハイヤーセルフ」「集合無意識」といった何らかの意識体があるというところが共通しています。

 

彗星ハンターとして有名な木内鶴彦氏という方がいます。

彼は、臨死体験をしたことでも有名です。

臨死体験の中では、タイムトラベルをして、過去や未来に行ってみたそうです。

宇宙の始まりも見てきたそうで、「生き方は星空が教えてくれる」という著書の中で

  • 宇宙が始まる前は、ただ、膨大な意識があった
  • その膨大な意識の中にひずみを生じさせることで、宇宙が始まった

と語っています。(この本は、全体的にとても興味深い内容でした。)

生き方は星空が教えてくれる

生き方は星空が教えてくれる

  • 作者: 木内鶴彦
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 単行本

このようなことから、世界を包み込む意識のようなものは、本当にあるのかもしれないと思えています。

 

ですから、(話が戻りますが、偶然に「始まり」と「終わり」が分かれたと考えるよりは、

  • 大きな意識が「始まり」と「終わり」を分けることによって「途中」を創った

或いは、

  • 大きな意識が「途中」(現実)を創るために「始まり」と「終わり」を分けた

と、この世が生み出された理由を「意識の働き」と考えるのもありのような気がします。

 

余談ですが・・・

もしも、科学が「宇宙の始まり」を解明できたとしたら、次に科学が進む方向は、「どうして大きな意識体が生じたのか?」というようなこと、つまり、非科学的だと思われているスピリチュアル的な方向なのではないかと思います。

 

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