カテゴリー: 科学と現実と真実

もう一つの、宇宙の始まり方

現在は、「 小さなところから宇宙は始まった」というものが定説になっています。

 

昔は、無限に小さいものがビッグ・バンによって膨張し始めて、その延長線上で、宇宙は現在の大きさになったと考えられていたと思います。

 

最近は、ビッグ・バンの前に、インフレーションという現象が生じたといわれています。

 

これは「宇宙の始まりは、無限に小さい点である必要はない」と理解できると思いました。

そこで、「大きなところからの宇宙のはじまり」を考えてみました。

 

詳しくは、 銀河や宇宙の始まりに関する妄想 | 科学的なことを想う で!

なぜ、「始まりがあるものには、すべて終わりがある」のか?・・・まだまだ、迷いの中です

「始まりがあるものには、すべて終わりがある」、これは、みんなが知っている言葉だと思います。

まだ、考えがまとまっていないのですが、これについて少し書いてみます。

 

「始まりがあるものには、すべて終わりがある」、このことについて考えるとき、多くの人は、たぶん『終わり』の方に意識が向かうのではないかと思います。

そして、「どうして、始まったのか?」ではなく、「どうして、終わるのか?」という「存在していることを前提とした問い」を考え始めます。

 

先日、ふと、あるアイディアが浮かびました。

  • 「始まり」を創るために「終わり」を創った

こんな見方もできるのではないでしょうか?

 

このように表現すると、何らかの意思が働いていることになります。

意思を排除した表現にすると、どうなるのでしょう?

  • 「始まり」と「終わり」が分かれた

 

「始まり」と「終わり」が分かれたことによって、「途中」が生まれます。

その「途中」が、私たちにとっての「現実」の正体なのかもしれません。

「始まり」と「終わり」の差のことを、私たちは「時間」と呼んでいると理解することもできそうです。

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評論家的な視点に陥っていませんか?

人には、色々な事情があります。

なのに、メディアやテレビの中の人たちは、問題として取り上げやすい何かが起こったとき、それに至った事情を理解しようとはせずに、ただ「表面化した現象・状態」を「最終的な現象・状態」として捉え、その現象・状態だけを見て、あれこれと好き勝手なことを言って批判します。

そんなメディアの情報ばかりにさらされていると、私たちは、自分で感じ考えることなく、メディアから垂れ流される偏った考えを、自分の考えであるかのように錯覚してしまうようになるのです。

私たちは、人間らしい(自分らしい)ものの見方ができなくなっていくのです。 (さらに…)

ホログラフィック・ユニヴァース

以前、

「投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待」

という本を読みました。

 

前半は「ホログラムの原理的な説明」と

「ホログラムをこの世界に当てはめることができる」

といった話が書かれていて、

とても興味深く読むことができました。

 

原文通りではないのですが

フォログラムの映像を映し出すための原盤は、

原盤上のどの点をとっても、全体の情報を持っており

原盤の一部から、全体を投影することができる

といった説明がおもしろかったです。

 

投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待

投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待

  • 作者: マイケルタルボット,川瀬勝
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2005/04/25
  • メディア: 単行本

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サマージャンボ宝くじ

前回の投稿で、「サマージャンボ宝くじ、当たったら、スピリチュアルな世界のこと、信じるしかない」と書きました。

 

一昨日、サマージャンボ宝くじの当選発表を、

期待に胸を膨らませながら、見ました!

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